未来2016年3月号

見つめれば照り返しくる眼差しのおなじ深さの瞳に出会ふ 両の手を濡れた土より引き抜けば十指くまなく輝いてゐる 過去なんかどうでもよくてこの夏のまぶたに雨を享けてゐるだけ この胸にあるのは炎そしてまた憶えてゐないあなたが燃える ひらと舞ふ野火のや…

未来2016年2月号

さるすべりの花殻は手に溢れつつ悲しみをまたかなしんでゐる ふつつりと途切れた箇所から惜しみなく光を洩らすランドルト環 かたつむりは進化論の先端をゆく銀いろの航跡曳きながら いつしんに光をはじく鱗もつ海とは体躯のおほきな魚 その光その鋭さでわた…

未来2015年12月号

ひらめくやうな笑顔を思ひ出してゐる VANESAは蝶より生まれた名前 不定冠詞をえらんで発話するときの光を容れてあかるきのみど ここにゐない人を遠くへやることのリムーヴといふ静かな小舟 短歌とふうつはをしばしお借りしてわづかばかりの白湯を飲みをり 真…

未来2016年1月号

生きてゐるあなたはとてもさみしくてたましひにするやうな口づけ 剥き出しの肩を雨へと預けつつわたしはわたしの歩哨であつた 思ひおもひに僕らは川べりをあるき時をり星座のやうにすれ違ふ 戦または戦のまへの日々に降るボディーブローのやうな雨だね 離し…

第二十七回歌壇賞

第二十七回歌壇賞を受賞しました。 また、所属している未来短歌会にて2015年度の「未来年間賞」もいただいたことも併せてご報告させていただきます。 (日付を2月にしていますが、これを書いているのは2016年の5月のあたまです。昨年の11月半ばに受賞のお知…

未来2015年11月号

蒸し鶏のバジルパスタがわたくしの前に来るまでの遥かな旅路 喩とはさうすなはち贄のことだからようく選んで枝に刺すのよ 年上のひとの発話を待ちをれば耳許へ押し寄せるさへづり 読みさしの本を伏せるやうに目を閉ぢてそのままいつてしまふのだらう 祈ると…

未来2015年10月号

湖の奥処を覗き込むやうにベッドの柵に指をかけたり 覗きこめばあなたは祖母の貌をして水の底よりわたくしを見る 海の見える病室にきて横たはるあなたに海のことを告げない 記憶には出口がないと思ふとき道の先にて微笑む祖母よ 手のひらから記憶を零しなが…

未来2015年9月号

いもうとと互ひの爪を比べ合ふまちがひ探しをしてゐるやうに 日曜を恍惚とねむる妹にふれふれ赤い砂、白い花 玄関の水辺にくるぶしまで浸かり父親が言ふ いつてらつしやい これは違ふ星の重力 歪(ひづ)みつつゆるく何度も指を繋いで 磨かれた床に逆さの部…

未来2015年8月号

一世かけて仕える人のをらずしてこの夜にただ跪くのみ 炎から生まれ炎へ還りゆくあなたをこの胸に眠らせる もつと上へ 鋭く細い嘴で天の喉(のみど)を掻き切るほどに まなうらにあなたを思ひ描いては炎のまへに目を瞑りたり 向かふ先をゆくべき道と思ふこと…

未来2015年7月号

換気扇のしたで煙草を吸ふきみが煙になつてゆくまでを見る 横断歩道渡りゆきたる鳩が尾を引き摺りさうで引き摺らぬまま 結末をなくした物語のやうな湖岸を日暮れ過ぎまでめぐる ゆふやみを幾度も指の間より零し残りしものを夜とは呼ばず 一日の終はりにはづ…

未来2015年6月号

瘡蓋のやうな旧姓剥がれずに呼ばれればまた立ち上がりたり 仕事場は六階マンションは五階 ひねもす春の空中に浮く みづからのはうへと向けて擦るマッチ 胸には容れることなきほのほ 夕映えはいつも後ろに手を振るがその貌をまだ見たことがない 流線を描くレ…

未来2015年5月号

「スプリング・オブ・ライフδ」 木香薔薇の配線は入り組みながらすべての花を灯してゐたり にはたづみに降る雨のひとつ一粒が底の澱みを巻きあげてゐる さんずいのごとき飛沫を蹴散らして鳥が飛びたつ春の波涛を 水の中にみづのわたしがゐるやうに真夜中きみ…

未来2015年4月号

「めぐり、めぐるΓ」 黄金(きん)の鍵と思ひてゐたり床に落ちしパンの留め具を手に取るまでを ゆつくりときみが砂地に倒れれば影のかたちはきみに似てゐる 藤の花したたるままに手に受けてそのひとすぢを口に含みぬ 首もとに纏はる真綿ひき千切るやうに結ん…

「歌壇」2015年5月号

書きそびれていたのですが。 4月14日発売の「歌壇」5月号の特集「次代を担う注目の新星たち」に、「雨があがる」7首とミニエッセイを寄稿しました。

未来2015年3月号

ハルとシュラ、姉妹のなまへのやうに呼ぶ しづかな声でもう一度呼ぶ 空に釘うちつける音ききながら日曜おそい朝に目覚める 妹よあなたにあげられるもののすべてのなかに兄がゐること ショベルカーのアーム動くを見下ろしぬあれはあなたを抱けない腕 知つてゐ…

未来2015年2月号

いくつもの目が開いては閉ぢるのを見てゐたあめの湖面をまへに 真向かひて頬とほほ寄せあふときになにか刺し違へてゐるやうな 水とわたしが出会ふべきただ一点に唇よせてゆくウォータークーラー カーテンをあけて眠ればこの部屋の夜はうつすら輝いてゐる よ…

未来2015年1月号

冬の陽のやはらかく差す図書館にわたしが目覚めるのを待つてゐた ありつたけの海を満たした眼にはこの街の灯はひどく寂しい くれなゐの金魚ほのほの如く揺れ蓮の葉蔭に消えてしまへり ここにゐないひとの上着の両腕が椅子の後ろに結ばれてゐる 新宿を雨後の…

未来2014年12月号

「ライティングβ」 吸ひながらまた吐きながらいちにちは余白の多いページのやうだ 傘の字はとつても差しやすさうなのに雨のわたしの手に傘がない 嗅覚が鈍くなつて、と書くときのまたたく視野のかたすみに犬 書くことは足を向けるといふことで川の向かうの工…

第二十六回歌壇賞(候補作)

これを書いているのは実は2015年の5月なのですが、書き忘れているのに気づいたので書き足しにきました。(忙しくて書いている暇がなかったのでした)「歌壇」2015年2月号に、第二十六回歌壇賞候補作として「都市と記憶」(三十首)を掲載していただきました…

未来2014年11月号

「あたたかい海」 耳もとで髪を結はへるああこれはよこがほといふ表情だらう 千の春、夏、秋といふ少女きて冬の子どもに未だ会はざり 午後よりもながい永遠などはなくあなたのこゑの斜面(なだり)に眠る 感情をあなたに言へば感情はわたしのものになつてし…

未来2014年10月号

「季節を送る」 カフェラテを豆乳ラテに変へるほどのしづけさ 街に雨がきてゐる たましひの鳥籠に飼ふふくろふと目を合はせては目を逸らしあふ 昼も夜も草原に晒されてゐるわたしの眼窩に溜まる雨水(うすい)よ 真夜中の明治通りをさらさらとビーズのやうな…

未来2014年9月号

「あめのひα」 雨音は性欲に似てカーテンをひらく右手を掴む左手 いちまいづつ裸身へ近づきゆくひとの描く弧線をあかず追ひたり 声の扉を押してひらいて夜にしかをらぬわたしに会ひに来るのだ 隠沼をいくつも越えてきし君の冷たく湿る足裏に触れる 君の掌が…

うたらば 第65回テーマ「空」

短歌×写真のフリーペーパー「うたらば」 ブログパーツに、歌を採用していただいていました。 胸の奥から幾千の鳥はなしつつあなたは空を見ることを言う(飯田彩乃)

未来2014年8月号

「想像上の夏」 国道の夜を渡ればひさかたの光の河を堰き止めてゐる いちどでは読まれることのなき君の名前がきみを美しくする しろたへの洗顔フォームは手のひらに地球の雲を生みだしてゆく バスタブより深くからだを沈めつついつから世界に慣れたのだらう …

無料配布冊子『MONO』をつくりました

6月28日のMoNo語りVOL.2と、7月19日の大阪短歌チョップにおいて、『MONO』という冊子を無料で配布させていただきました。面倒くさがりということで自分のなかでは有名なわたしですが、出演するイベントの会場まで足を運んでいただく方に何かのかたちでお礼が…

うたらば 第64回テーマ「後」

短歌×写真のフリーペーパー「うたらば」 ブログパーツに、歌を採用していただきました。 午後よりもながい永遠などはなくあなたのこゑの斜面(なだり)に眠る

未来2014年7月号

「たつたひとつのバスタブ」 "WAKE UP AND SMELL THE COFFEE”(めをさませげんじつをみろ)鼻さきは湯気のさなかに湿りを帯びる あふられる髪に視界はさえぎられ川の向かうに行くことがない 知つてゐる猫の姿に似てをればしやがみ込むなり鉢植ゑのまへ つれ…

うたらば 第63回テーマ「高」

短歌×写真のフリーペーパー「うたらば」 ブログパーツに、歌を採用していただきました。 なぜ本に飛び込むといふ崇高な死を選ぶのか ちひさな羽虫 最近立て続けにやられて…。

未来2014年6月号

「祈りにも似たしぐさ」 白きカラーの茎にくちびる当てながら横笛のごと構へてゐたり 少年が投げあげて手に取るものを過ぎゆくわれはふたたびは見ず 地下鉄のホームに響くアナウンス男女のこゑがからみあふなり イヤフォンのコードはつねに絡まつて祈りにも…

未来2014年5月号

「五月の人」 ぐらぐらと溢れるほどに湯を沸かす 受けとめるのに要るのは力 駆けつけた家族がつどふ部屋に起き金環食をぜんゐんで見る 目蓋をゆつたり閉ぢてむかふなら千年万年ねむりの栄華 最後ですと促されるまま祖母の手がつめたき額、ひたひにふれる そ…