未来2013年12月号

「春の柩(前)」
祈るやうに目蓋をおろすよこがほに深き耳孔うがたれてゐる
別れぎはは白くて広い昼下がりきみに娘のやうに呼ばれて
潮騒は胸郭のふちに満ちみちて溢さぬやうにきみを見送る
玄関の波打ち際のしづけさに裸足のあしを投げ出してみる
降る前の雨の匂ひを嗅ぎながら戦ふことの意味を思つた
わたくしが祈りつづける天井がつねに誰かの床であること
リモコンの電池を替へる/君のために銃を撃つ日は来るのだらうか
聞かせてね 望まずに行つた戦場で誰かのひかりを奪つたことも
呼吸しづかに目を閉ぢるときまなうらをスローで弾けてゆくポップコーン
色のない猫すり寄つて去るけはひ悪い報せは足許にくる

工房月旦にて、桝屋善成さんに2013年9月号の「ひるがへる魚影にはかに濃くなりてそれはあなたの腕(かひな)であつた」について評をいただいています。

また、今月号には連載「今月の一人」に連作とエッセイを載せさせていただいています。ここには作品のみを載せます。

「Strange stranger」
かがみこみ扉の位置を定めれば潮の匂ひのする会議室
海に来ればひとりひとりに海はありとほく眺めたり触つたりする
水の上(へ)に月の道ひらかれてゐて それは生者のみちならなくに
右腕にささやかな火を掲げたり わたしは全てをまだ覚えてゐる
いちもくさんに波打ち際まで駆け寄つてされどみづには入らぬひとよ
大き手に打たれる貌の角度もて低く飛びゆく鳥を見送る
夜に入る列車の窓が映しだす疲れた顔のうつくしいこと
錨のやうな目蓋ゆつくり下ろしつつ昏き底へと沈んでゆきぬ
もう少し待つてゐやうか波を打つひかりに足が溶けてゆくまで