未来2015年10月号

湖の奥処を覗き込むやうにベッドの柵に指をかけたり
覗きこめばあなたは祖母の貌をして水の底よりわたくしを見る
海の見える病室にきて横たはるあなたに海のことを告げない
記憶には出口がないと思ふとき道の先にて微笑む祖母よ
手のひらから記憶を零しながら走るあなたはいつか少女に還る
少しづつ人は毀れてゆくものを花をめがけて降り注ぐ雨
君の声がもう聞こえないさみどりの夜明けに人として目覚めたり
あまぐもはわたしの肩を過ぎゆきて植物園に雨を降らせる
ローションを肌にのばせば野の雨はどこまでも野を潤してゆく
手のなかのライターの火を付けて消す君がひととき灯台になる

井上敦子さんによる6月号アンソロジーに、「夕映えはいつも後ろに手を振るがその貌をまだ見たことがない」を再録していただいています。どうもありがとうございます。