未来2015年11月号

蒸し鶏のバジルパスタがわたくしの前に来るまでの遥かな旅路
喩とはさうすなはち贄のことだからようく選んで枝に刺すのよ
年上のひとの発話を待ちをれば耳許へ押し寄せるさへづり
読みさしの本を伏せるやうに目を閉ぢてそのままいつてしまふのだらう
祈るとは祈らないこと足ゆびのあひだに指を差し入れながら
ホームに落ちる硬貨の音の鋭(と)く響きユダは確かにイエスを売つた
花も星も茨ものせられる髪を揺らして人は微笑むばかり
咲く道にああことごとく花は散りきみは腕(かひな)をひろげて歩く

未来2015年10月号

湖の奥処を覗き込むやうにベッドの柵に指をかけたり
覗きこめばあなたは祖母の貌をして水の底よりわたくしを見る
海の見える病室にきて横たはるあなたに海のことを告げない
記憶には出口がないと思ふとき道の先にて微笑む祖母よ
手のひらから記憶を零しながら走るあなたはいつか少女に還る
少しづつ人は毀れてゆくものを花をめがけて降り注ぐ雨
君の声がもう聞こえないさみどりの夜明けに人として目覚めたり
あまぐもはわたしの肩を過ぎゆきて植物園に雨を降らせる
ローションを肌にのばせば野の雨はどこまでも野を潤してゆく
手のなかのライターの火を付けて消す君がひととき灯台になる

井上敦子さんによる6月号アンソロジーに、「夕映えはいつも後ろに手を振るがその貌をまだ見たことがない」を再録していただいています。どうもありがとうございます。

未来2015年9月号

いもうとと互ひの爪を比べ合ふまちがひ探しをしてゐるやうに
日曜を恍惚とねむる妹にふれふれ赤い砂、白い花
玄関の水辺にくるぶしまで浸かり父親が言ふ いつてらつしやい
これは違ふ星の重力 歪(ひづ)みつつゆるく何度も指を繋いで
磨かれた床に逆さの部屋はありさかさの我らその部屋に住む
花であるきみはすぐさま俯いてうつむくときの花のよこがほ
帰りきて入る浴室にシャンプーとコンディショナーが睦み合ふなり
ベッドから遥かに望むつま先はなんと儚い岬だらうか
君はもうよく眠つてることだらうベッドが舟に変はる頃には
三日三晩降り続く雨の日も君の瞳のなかで満ち欠ける月

みらいプラザ掲載でした。

未来2015年8月号

一世かけて仕える人のをらずしてこの夜にただ跪くのみ
炎から生まれ炎へ還りゆくあなたをこの胸に眠らせる
もつと上へ 鋭く細い嘴で天の喉(のみど)を掻き切るほどに
まなうらにあなたを思ひ描いては炎のまへに目を瞑りたり
向かふ先をゆくべき道と思ふこと戦野あらたな光を焚いて
ああきみは何のたましひ窓からの月の光に抜き身を曝し
目蓋をうすく隔てて見る夢を憶えてゐれば会へるだらうか
死の淵はまだおそらくは遠けれどをりをり浸すゆびの清しき
すべてのことを水に流して流されたすべてのものが待つ場所へゆく

未来2015年7月号

換気扇のしたで煙草を吸ふきみが煙になつてゆくまでを見る
横断歩道渡りゆきたる鳩が尾を引き摺りさうで引き摺らぬまま
結末をなくした物語のやうな湖岸を日暮れ過ぎまでめぐる
ゆふやみを幾度も指の間より零し残りしものを夜とは呼ばず
一日の終はりにはづすネックレスこの世はすべて残照である
身じろぎもせず横たはるひとの辺に副葬品の眠りをねむる
唇をぢかに拭へば飲食はてらてらと手の甲に輝く
影ひとつ手にたづさへて歩みゆく夏の日傘はまつしろがいい

工房月旦にて、鈴木博太さんに2015年4月号の「国道を〜」の評をいただいています。