未来2016年3月号

見つめれば照り返しくる眼差しのおなじ深さの瞳に出会ふ
両の手を濡れた土より引き抜けば十指くまなく輝いてゐる
過去なんかどうでもよくてこの夏のまぶたに雨を享けてゐるだけ
この胸にあるのは炎そしてまた憶えてゐないあなたが燃える
ひらと舞ふ野火のやうなり東国の白き額の美しい人

未来年間賞受賞第一作として「冬の銀河」20首を掲載していただきました。

未来2016年2月号

さるすべりの花殻は手に溢れつつ悲しみをまたかなしんでゐる
ふつつりと途切れた箇所から惜しみなく光を洩らすランドルト環
かたつむりは進化論の先端をゆく銀いろの航跡曳きながら
いつしんに光をはじく鱗もつ海とは体躯のおほきな魚
その光その鋭さでわたくしの瞼をいつそ縫ひ留めてくれ
黄昏は暁に逢ふこともなくその生涯を暮れてゆくのみ
一歩また一歩と末期(まつご)に寄るこころ振り向くならば花の季節に
地平から穏やかに陽は射しこんで朝はこの部屋を美しくする
仏語からは憂鬱(カファール)の名を与へられわたしの床を這ふごきぶりよ

2015年度の未来年間賞を受賞しました。この号に選考経過が掲載されています。

第二十七回歌壇賞

第二十七回歌壇賞を受賞しました。
また、所属している未来短歌会にて2015年度の「未来年間賞」もいただいたことも併せてご報告させていただきます。
(日付を2月にしていますが、これを書いているのは2016年の5月のあたまです。昨年の11月半ばに受賞のお知らせをいただいてから私事含めて非常に忙しくなってしまい、こんな時期のお知らせになってしまいました)

俳壇賞のほうで票が割れたようで、講評のなかに「ベストではなくベター」として受賞作を選んだというくだりがあったのですが、そのあとの歌壇賞の講評では伊藤一彦さんがそれをひっくり返して「ベターではなくベスト」として歌壇賞を選んだ、と仰ってくださいました。
本来のベストは、審査員の方の満場一致だと思うのですが、先生として慕っている東直子さんに点を入れていただかなかったことを含めて、わたしにとってもベストだったと思っています。

受賞作「微笑みに似る」及び選考の様子は「歌壇」2016年2月号に、受賞第一作「永遠が近づいてくる」30首は3月号に掲載されています。また授賞式の様子とスピーチの要旨は4月号に、授賞式のカラー写真は「俳壇」2016年5月号に掲載されています。*1

*1:掲載誌として送っていただきました。ありがとうございました。

未来2016年1月号

生きてゐるあなたはとてもさみしくてたましひにするやうな口づけ
剥き出しの肩を雨へと預けつつわたしはわたしの歩哨であつた
思ひおもひに僕らは川べりをあるき時をり星座のやうにすれ違ふ
戦または戦のまへの日々に降るボディーブローのやうな雨だね
離して書いた木と木のあひだに誰かゐてこちらに向けて手を振つてゐる
鶴もまた冬の弾丸そらにみつ大和の国を永く横切る
埋み火を胸に宿して眠り込む百年はながいながい熱(ほとぼ)り
 公刊『月映』II-1 「そこにのみかがやくひかり」田中恭吉
そこにのみかがやくひかり二人称の迷ひのなさで名前を呼べば

未来2015年12月号

ひらめくやうな笑顔を思ひ出してゐる VANESAは蝶より生まれた名前
不定冠詞をえらんで発話するときの光を容れてあかるきのみど
ここにゐない人を遠くへやることのリムーヴといふ静かな小舟
短歌とふうつはをしばしお借りしてわづかばかりの白湯を飲みをり
真冬日にきみは帰りぬ 身体から火事の匂ひをほとばしらせて
きみの背を追つて素足で降りたてば婚とは露にむせぶ原野(はらの)か
届かない高さに腕を伸ばすときしばしを宙にとどまる踵
紙で切るほどの傷さへ負はぬままいつかわたしを裏切る人か

工房月旦にて、鈴木博太さんに2015年9月号の「いもうとと〜」を挙げていただいております。