未来2015年3月号

ハルとシュラ、姉妹のなまへのやうに呼ぶ しづかな声でもう一度呼ぶ
空に釘うちつける音ききながら日曜おそい朝に目覚める
妹よあなたにあげられるもののすべてのなかに兄がゐること
ショベルカーのアーム動くを見下ろしぬあれはあなたを抱けない腕
知つてゐるあなたが誰かわかつてゐるあなたが生きていまここにゐる
ゆふぐれよお前の目蓋に触れながらこの世は昏くなりゆくのだね
この街をやがてちひさく折りたたみ胸に仕舞つてこの街を出る
かうやつてどんなに強く束ねてもすべての腕は燃えるのだから
ページ捲(く)るやうに扉をあけてゆく ひかりの中を光へあゆむ

工房月旦にて、大田美和さんに2014年12月号の「嗅覚が〜」の評をいただいています。

未来2015年2月号

いくつもの目が開いては閉ぢるのを見てゐたあめの湖面をまへに
真向かひて頬とほほ寄せあふときになにか刺し違へてゐるやうな
水とわたしが出会ふべきただ一点に唇よせてゆくウォータークーラー
カーテンをあけて眠ればこの部屋の夜はうつすら輝いてゐる
よく冷えた素足で半歩踏みだせば死後とは広い草原だらう
限りなく綺麗な朝のつめたさにバターナイフを丹念に砥ぐ
胸腔に鳥の不在を飼ふやうに大きく息を吸ひ込んでゐる
ふかぶかと空を吸ふときわたくしの肺胞ちさくそよいでゐたよ
かき上げる髪のひとすじ一筋をひかりが奔る春の古書店

みらいプラザ掲載でした。未来年間賞で上位に推していただいています。

未来2015年1月号

冬の陽のやはらかく差す図書館にわたしが目覚めるのを待つてゐた
ありつたけの海を満たした眼にはこの街の灯はひどく寂しい
くれなゐの金魚ほのほの如く揺れ蓮の葉蔭に消えてしまへり
ここにゐないひとの上着の両腕が椅子の後ろに結ばれてゐる
新宿を雨後の森だと思ふときわたしの腕に伸びゆく菌糸
書き終へて閉じたノートをすこし圧す 見えない花が挟まつてゐる
手のひらを真昼の空(くう)に泳がせて蝶の記憶を浚つてゐたり
明日死ぬ星のいのちを抱くやうにきみの頭蓋をかかへて眠る
  不動哲平さんに
背の高いあなたが立つてゐる場所がいつか会ふ日の目印になる

みらいプラザ掲載でした。

未来2014年12月号

「ライティングβ」
吸ひながらまた吐きながらいちにちは余白の多いページのやうだ
傘の字はとつても差しやすさうなのに雨のわたしの手に傘がない
嗅覚が鈍くなつて、と書くときのまたたく視野のかたすみに犬
書くことは足を向けるといふことで川の向かうの工事現場よ
舌に咲く花つぎつぎに吐き出だすひとを思へり味蕾の文字に
千のこゑ万の言葉に滅びたるひとつの国が胸底にある
指さきを鋭く裂いてくれさうな明朝体の尖りを撫でる
〆切の喫水線は上がりつつけふの一日を眠りつづけて
遠からずかむるしかばねかんむりを今はただしく書いてやるのみ
新しい本を開いて文字をおへば匂ふ下草踏みゆくごとし

第二十六回歌壇賞(候補作)

これを書いているのは実は2015年の5月なのですが、書き忘れているのに気づいたので書き足しにきました。(忙しくて書いている暇がなかったのでした)

「歌壇」2015年2月号に、第二十六回歌壇賞候補作として「都市と記憶」(三十首)を掲載していただきました。得点は伊藤さん、東さん、水原さんからの一点ずつです。

発売当時は選考会での水原さんの発言が話題になりました。